道教 (どうきょう、Dàojiào、英語 Taoism)は、中国三大宗教(三教と言い、儒教・仏教・道教を指す)の一つである。
道(タオ)という宇宙と人生の根源的な真理の世界の不滅と自然と一体となり修行し煉丹術の習得に励み、不老不死の霊薬、丹を煉り服用し、分け与え、仙人となることを究極の理想とする観念を会得して常日頃、普段身近にし清く保つこと、漢民族の土着的・伝統的な宗教。道の字は⻌(しんにょう)が終わりを、首が始まりを示し、道の字自体が太極にもある二元論的要素を含んでいる。
日本においての道教の世界とは真理を教わることでなく、教えをもってその人なりに理解をした各人が意欲をもって各人なりの道を学び得て身につけてゆくことであり、気づきをもって各人の生活の場面でその身に付いたものをそれぞれに生かし、変わらない中で変えてゆき、生活の配合に取り入れ多種多様に変化させながらも大切に思うことを清く保ちつづけて生きてゆくこと。正しく道義を貫きその事をずっとやって行こうと清く強い意志を持ち、繰り返すうち、幾度も通るたびに徐々に歩いた跡のそこに道が出来ることに由来している、その中へ美しい所作が加わり、子孫が繁栄され継承されるようになると流派となる。日本の宗教以外の実用面では、柔道、剣道、茶道、煎茶道、華道、香道、として用いられ、道の分野の順番として、道のあとに流派であり茶道羽澤流のように茶の和心の道としての茶道、そののなかで極みとして特徴をもつ種別として流派が云われる。
神仙となって長生きをすることは道をえる機会が増えることであり奨励される。真理としての宇宙観には多様性があるとしており、道教における宣教師的存在である道士らの宗派は、宇宙の多様性を示しているとして大いに歓迎される。また中国で三教が共存するのは多様性をよしとするからであり、各々が補完しあっている。また、食生活においても何かを食することを禁ずる律はなく、さまざまな食物をえることで均衡がとれ長生きするとされる。
現在でも台湾や東南アジアの華僑・華人の間ではかなり根強く信仰されている宗教である。中華人民共和国では文化大革命によって道教は壊滅的な打撃を受けたが、民衆の間では未だにその慣習が息づいている。また現在では宗教帰依が許され、その宗教観の修復がなされている。
なお、老荘すなわち道家の思想と道教とには直接的な関係はない、とするのが、従来、日本の研究者の立場であった。しかし、道教が創唱宗教の形態を取る過程で道家の思想を取り入れたことは事実で、そのため西欧では、19世紀後半に両方を指す語としてタオイズム(Tao-ism)の語が造られ、アンリ・マスペロを筆頭とするフランス学派の学者たちを中心に両者の間に因果関係を認める傾向がある。それを承けて、日本の専門家の間でも同様な見解を示す向きが近年は多くなってきている。
どのようにして現在のような宗教的思想体系になったのか、ほとんど不明である。道教の発生は、中国古来の巫術もしくは鬼道の教、不老長生を求める神仙思想を基盤としている。その上に、墨家の上帝鬼神の思想信仰、儒教の神道と祭礼の哲学、老荘(道家)の「玄」と「真」の形而上学、さらに中国仏教の業報輪廻と解脱ないしは衆生済度の教理儀礼などを重層的・複合的に取り入れてできあがった物であろう。
教団組織の面では、同時期に整って行った仏教教団の影響も受けて、隋・唐・五代の時期に宗教教団としての組織と儀礼と神学教理とを一応完成するにいたった。
日本の道教研究をリードし、道教学会を組織した中心は、吉岡義豊・福井康順・窪徳忠・福永光司・宮川尚志・澤田瑞穂等である。
道家・儒教との関係 [編集]
道教とは、「道の教え」である。広義には、「従うべき聖人の教え」という意味で、この語(道教)は使われる。この場合儒教や仏教を指すこともある。実際、「道学」と言えば、それは儒学を指す。
狭義には、「『老子』や『荘子』の中で述べられているような道の教え」「老荘」と言う意味で使われる場合もある。そして、この「老荘」と関連して、「5世紀に歴史的に形成された道教」(茅山派)という意味でも、使われる。
「老荘」と、「5世紀に歴史的に形成された道教」は伝統的な中国では《道家》、欧米では“Taoism”と呼ばれ、道教と道家は同じものを指すと言われている。
道(タオ)は、自然とか無為と同義とされ、また陰陽の思想で説明される。道は真理であり、無極(むごく)と呼ばれ、また太極とか太素と呼ばれる。これらの思想は、太極図で示される。朱子学として大成される宋学の形成に重要な役割を担ったのは、この太極図である。
歴史的に形成された道教 [編集]
道教の教団の制度は2世紀頃の張角の太平道(黄巾の乱)、さらに張陵の五斗米道(天師道)の教団制度が基本にあるのではないか、と言われている。更に中国に入ってきた仏教の教団制度との類似も指摘されている(特にその出家制度)。
西晋末の葛洪(かっこう)は、『抱朴子(ほうぼくし)』を著し、仙人となるための修行法を説いた。
北魏の寇謙之(こうけんし)は、新天師道をおこした。
5世紀頃(劉宋)の江南で活躍した道士、陸修静(りくしゅうせい 406年 - 477年)はさまざまな流れのあった道教をまとめあげる事に大きな寄与をした、と言われている。当時、江南呪術の系譜であるといわれる「三皇経」、またその他に「霊宝経」、「上清経」などと称される経典群があったが、それらは、系統的に別々の流れのものだった。このころには、道の変化した神である「元始天尊」「霊宝天尊」「道徳天尊」の三清が文献上現れている。
南斉・梁の陶弘景(とうこうけい 456年 - 536年)は、それらを体系づけた『真誥(しんこう)』を著した。
同姓の老子(李耳)を宗室の祖と仰ぐ唐朝は、宮中での道教の席次を仏教の上に置いた(道先仏後)。玄宗の時代には、司馬承禎から法籙を受け道士皇帝となり、自ら『道徳経』の注釈書をつくり、崇玄学(道教の学校)を設置してその試験の合格者は貢挙の及第者と同格とされた(道挙)。
唐末の道士杜光庭(とこうてい)は『道教霊験記(どうきょうれいげんき)』、『洞天福地岳瀆名山記(どうてんふくちがくとくめいざんき)』を著わした。
宋代には真宗や徽宗といった皇帝が道教を保護し、内丹術(ないたんじゅつ)や錬度(れんど)の科目が盛行し道教の姿も大きく変化していった。
北宋の張伯端(ちょうはくたん)は『悟真篇(ごしんへん)』という 内丹道の主要経典を著わした。
道教では、八仙と呼ばれる8人の仙人が並び称されるが、なかでも宋代の呂洞賓(りょどうひん)が、もっとも有名な仙人と言える。
金・元の時代に、北方で全真教に代表される新道教が成立した(他に、真大道教と太一教の教団が勃興した)。また南方には、五斗米道の流れをくむ正一教が教勢を張っていた。
明代の正統年間には『正統道蔵』、万暦年間には『万暦続道蔵』と、道教の大蔵経である道蔵が成立した。
「西遊記」では、玉皇大帝(ぎょくこうたいてい)が孫悟空に斉天大聖(せいてんたいせい)の位を与えている。
明代の通俗小説「封神演義(ほうしんえんぎ)」では道教の神々が数多く登場するが、この小説の内容が民間で流行したために、「封神演義」で創作された故事がそれまで伝えられていた説話と置き換わったり、廟に創作上の人物の名が掲げられたりするなど、後の信仰に影響を与えた。
日本における道教 [編集]
仏教や儒教と同じ頃に道教も日本に渡来した。律令制にも道教に関する役所が採用されたが、民衆運動や政争に利用され、仙人になるために水銀などの危険薬物を使うため、やがて廃止された。それにかわって、陰陽師が道術を取り入れ、日本独自の陰陽道が生まれた。陰陽師としては、平安時代の安倍晴明などが有名である。「天皇」という称号も道教に由来するという説がある(天皇大帝参照 すなわち北極星という意味であるという説)。また、道教が日本の文化に受け入れられなかった理由の一つとして、仙人思想が日本文化に確立された天皇制を覆す思想に繋がるという理由で日本人には受け入れることができなかったためである、という説もある。
日本での道教寺院は、埼玉県坂戸市の聖天宮などがある。
陰陽道の思想は日本の都の建設や神社の創建にも影響を与えている。龍穴である。
風水は道教の陰陽五行説を応用したものである。現在でも開運を願って取り入れようとする人がおり、韓国や日本などで盛んである。ただ、これは同じく地理的要素を占う陰陽道とは少し異なる。風水では天円地方の思想のうち地方の部分が形骸化しており、地方を天円と同じく重くみる陰陽道とは異なる。この地方という考えは儀式としての相撲における土俵(古来四角であった)に現れていたが、現在ではその特性を失われ円になっている。
易も、街頭で易者を見掛けるなど、日本にも道教に起源をもつ占術は根付いている。日本に伝来し、定着した道教信仰と言えば、庚申信仰である。各地に庚申塔や庚申堂が造られ、庚申講や庚申待ちという組織や風習が定着している。現代でも、庚申堂を中心とした庚申信仰の行われている地域では、軒先に身代わり猿を吊り下げる風習が見られ、一目でそれと分かる。
辛亥、甲子革令、二十四節気などの暦に関することもかなり道教の影響をうけているが、陰陽道と同じく日本独自の思想と習合などがなされている。
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